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札幌高等裁判所函館支部 昭和27年(う)38号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人等三名を各懲役三月に処する。

但し原審における被告人杉下勝明の未決勾留日数中六十日を同被告人の右本刑に算入する。

検事の本件控訴はこれを棄却する。

本件公訴事実中昭和二十五年政令第三百二十五号違反の点につき被告人等三名を免訴する。

原審における訴訟費用は被告人等三名の負担とする。

理由

検察官検事鎌田好夫、弁護人杉之原舜一の各控訴趣意は末尾添付の各控訴趣意書と題する書面記載のとおりであるからいずれもここにこれを引用する。

本件昭和二十五年政令第三百二十五号占領目的阻害行為処罰令違反に係る点は、被告人等三名にそれぞれ起訴状記載の如き連合国最高司令官の指令の趣旨に違反して「アカハタ」の後継紙「平和のこえ」を頒布し、且つその頒布によつて同紙に掲載された連合国に対する破壊的な批評を論議した所為あり、右はいずれも昭和二十五年政令第三百二十五号占領目的阻害行為処罰令第一条第二条の占領目的に有害な行為に該るものとして昭和二十六年二月二十四日起訴せられ同年十二月二十六日原審に於て、被告人等に対し右「アカハタ」後継紙「平和のこえ」を頒布した行為を有罪とし、同紙に掲載された連合国に対する破壊的な批評にわたる論議に及んだ点については無罪とする旨の説示をなした判決の言渡があり、これに対する検察官の控訴趣意は、原判決の右無罪となした事実の認定に誤認があるとの主張であつて、弁護人の控訴趣意の要旨は、本件公訴事実中右政令違反にかかる点につき、犯罪後刑の廃止があつたものであるというにあるものなるところ、

昭和二十五年政令第三百二十五号占領目的阻害行為処罰令は、昭和二十年勅令第五百四十二号「ポツダム宣言ノ受諾ニ伴ヒ発スル命令ニ関スル件」に基く政令であつて、連合国最高司令官の日本政府に対する指令の趣旨に反する行為、その指令施行のために連合国占領軍の軍、軍団又は師団の各司令官の発する命令の趣旨に反する行為及びその指令を履行するために日本政府の発する法令に違反する行為を占領目的に有害な行為として処罰するをその規定の内容とする。

しかるに平和条約が発効して連合国の日本占領が終了すれば、連合国最高司令官により行われる占領政策の遂行ということはなくなるわけであるが、昭和二十七年四月十一日法律第八十一号「ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件の廃止に関する件」が公布せられ、「昭和二十年勅令第五百四十二号ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件は廃止する」「勅令第五百四十二号に基く命令は別に法律で廃止又は存続に関する措置がなされない場合においては、此法律施行の日から起算して百八十日間に限り法律としての効力を有する」と規定されて、その施行を平和条約の効力発生の日からと定められた。次いで同年五月七日法律第百三十七号「ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基く法務府関係諸命令の措置に関する法律」が公布され、「昭和二十五年政令第三百二十五号占領目的阻害行為処罰令は廃止する」「この法律の施行前にした行為に対する罰則の適用については、なお従前の例による」との規定が設けられ、この法律は公布の日から施行する、と定められたので、右立法措置によつて、昭和二十五年政令第三百二十五号占領目的阻害行為処罰令は(以下単に政令三百二十五号という)右罰則適用の範囲内においては、これを廃止しないで、なお存続するものと解せられるから、占領中における連合国最高司令官の指令に違反した行為は占領目的に有害な行為として、今日なお政令第三百二十五号の罰則の前に曝されるわけである。

ところで、政令第三百二十五号を生んだ昭和二十年勅令第五百四十二号「ポツダム宣言ノ受諾ニ伴ヒ発スル命令ニ関スル件」は同年九月二十日旧憲法第八条により制定された緊急命令で(以下単にポツダム緊急勅令という)その後議会の承諾を得て法律と同一視され新憲法が施行されても法律と同一の効力を以て行われたものであるとはいえ、その制定は日本がポツダム宣言を受諾し、降伏文書の調印により、連合国管理の下にあつて、同文書の定める条項の実施のために、連合国最高司令官の発する命令に即応し、これを履行するに必要な緊急措置として制定されたもので、元来連合国の占領による統治下におけるやむを得ない措置であり、占領という特別事態を被らない場合の新憲法十全の機能のもとに制定された法律ではない。政令第三百二十五号はこれを基礎法として生れ、その規定の対象となつたものは、連合国最高司令官の権力に由来する指令であり、そして、「日本政府の国家統治の権限は、降伏条項を実施し占領政策を実行するために適当と認むる措置を執る連合国最高司令官の制限の下におかれ」「最高司令官に従属し」たものであるから、連合国最高司令官の日本政府に対して発した指令は、日本政府において、その実行を拒絶することができないし、憲法の条規に照らしても、これに対し異議を述べることのできない性質のものであつて迅速にこれに即応して実施しなければならぬものであるから、かかる権力に由来し、そのまま直ちに実行しなければならない指令は、憲法の条規に拘束を受ける性質のものではないと謂わなければならない。

されば、昭和二十年九月十日連合国最高司令官から日本政府宛の覚書「言論及ビ新聞ノ自由」における連合国に対する破壊的批評の論議を禁じた指令、昭和二十五年六月二十六日及び同年七月十八日マツクアーサー元帥の内閣総理大臣あて書簡におけるアカハタ及びその後継紙並びに同類紙の発行停止に関する指令は、いずれも憲法第二十一条において国民に保障された言論、出版等表現の自由を抑制するものでありながら、この条規に牴触するものとして論ずべからざる所以のものは、一に右指令が前記のような性質を有するからであり、それ以外に右制限について直接憲法上の根拠があるものとはいい得ない。

政令第三百二十五号は、その規定の対象に右指令を包含し、前記立法措置によつて、占領時に行われた行為に対する罰則の適用につき、なお存続するものとされたのであるが、平和条約が発効して、国が完全な主権を回復した現時においては、右罰則規定は新たにこれを国の最高法規たる憲法に照らしてその合憲性が検討されなければならない。よつてこれを憲法の条規に照すと、前記指令の性質上これを対象とするかぎり、右罰則規定は憲法第二十一条に牴触する違憲性があるものと判断される。しからばこの点において右罰則規定はその効力を有しないものであり、前記指令を対象とする範囲においては政令第三百二十五号の一部は平和条約の発行とともにその効力を失いその部分について刑は廃止されたものといわなければならない。

しからば被告人に対する本件公訴事実は、刑事訴訟法第三百三十七条に規定する犯罪後刑の廃止あつたものに該当し、判決を以て免訴の言渡をすべきものであり、此点に関する弁護人の論旨は結局理由がある。

弁護人の控訴趣意(法令の解釈を誤り不当に適用したとの点)について。

弁護人は、被告人等がそれぞれ本件建物内に侵入したことは、内外独占資本による戦争と植民地政策に反対せんがために判示造船所の従業員に呼びかけんがためであつて、右はポツダム宣言と憲法において無条件に保障された平和と独立と自由の理念の実施を意図したものにほかならないから、故なく判示建造物内に侵入したものに該らないと主張するけれども、刑法第百三十条に「故ナク」侵入するとは、侵入を受けた建物等の事実上の管理者即ち被害者の意思に反して侵入することと解せられ、原判決の認定した被告人三名が原判示造船所警備員の目をかすめて密かに原判示の場所に侵入した事実は被告人の侵入が同警備員の意思に反して侵入したことを意味することが明かであり、原判決がこれに刑法第百三十条を適用したことは当然であつて、不当にこれを適用したものではない。論旨は理由がない。

以上により弁護人の爾余の論旨並びに検察官の主張に対する判断はおのずから必要なきものとし、刑事訴訟法第三百九十七条第三百三十七条を適用して原判決を破棄して本件公訴事実中政令第三百二十五号違反の点につき被告人等三名を免訴とし、同法第四百条但し書を適用して原判決の証拠によつて確定した原判示摘示第二の事実に原判決の適用した原判示摘示の法令を適用し、ほかに刑法第二十一条刑事訴訟法第百八十一条第一項第百八十五条を適用して主文のとおり判決する。(昭和二七年七月一二日札幌高等裁判所函館支部)

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